K3 に「日本語エキスパート」を足せるか — 技術検討
問い: Kimi K3 の MoE に、日本語/日本固有のエキスパートを追加できないか。 結論: 手法としては確立している。K3 本体では規模で詰む。だが我々が本当にやるべき設計はこれで正しい。
1. 手法そのものは実在する(Expert Expansion / Upcycling)
MoE に後からエキスパートを増やす手順は公開手法として確立している:
- 1. 各 MoE 層にエキスパート枠を N 個追加(K3 なら 896 → 例えば 928、+3.6%)
- 2. ルータの重み行列を
[d_model, 896]→[d_model, 928]に拡張 - 3. 新エキスパートを既存エキスパートのコピーで初期化(日本語テキストで最も発火したものを複製)。
ランダム初期化だと最初の勾配で壊れる
- 4. 既存の重みを凍結し、新エキスパート+ルータだけを日本語コーパスで学習
K3 は 896エキスパート top-16 の細粒度 MoE(K2 の 384 から倍以上に増やしている)。 細粒度であるほど1エキスパートが小さく、追加コストが相対的に小さい。手術対象としては筋がいい。
2. しかし K3 本体では 4 つの壁がある
| 壁 | 中身 | 深刻度 |
|---|---|---|
| FP4 配布 | HF 配布の 1.56TB は MXFP4。追加学習には BF16 マスタ重みが要るが、逆量子化すると 2.78T×2byte = 約5.6TB。全精度重みが配布されているかは未確認 | 🔴 致命的 |
| QAT 整合 | K3 は MXFP4重み+MXFP8活性の QAT を SFT 段階からかけている。新エキスパートだけ BF16 で学習して後から量子化すると、そこだけ非QAT になり品質が揃わない。同じ QAT レシピの再現が必要 | 🔴 |
| ルータの飢餓 | K3 は Quantile Balancing で負荷分散している。エキスパートを足すとバランスが崩れ、新エキスパートに一度もルーティングされない(starvation)のは既知の失敗モード。日本語トークンを強制的に流す補助損失が要る | 🟡 対策可能 |
| 計算規模 | 新エキスパートだけ学習でも forward/backward は全モデルを通る。数百GPU級 | 🔴 |
3. K3 チーム自身の答えは「エキスパート追加」ではない
技術報告書を読むと、Moonshot は専門性の追加をエキスパート枠の手術ではやっていない。 9つの専門家モデルを個別に育て、MOPD 蒸留で1つに統合している。
つまり「K3 に日本語エキスパートを入れられるか」への K3 流の答えは:
日本語専門家モデルを別に育てて、蒸留で入れる。
これは我々にとって重要な示唆で、しかも蒸留元(日本語専門家)を作る部分は我々の手が届く。 届かないのは蒸留先(2.78T 本体)の再学習だけ。
4. 正直な留保 — 「日本語エキスパート」は成立しにくいかもしれない
MoE の研究では、エキスパートは意味的ドメイン(日本語・法務)より、トークンや構文単位で専門化する 傾向が報告されている。「日本語担当エキスパート」という綺麗な分業をモデルが採用する保証はない。
ただし、
- 細粒度 MoE(896)は粗粒度より専門化がはっきり出やすい
- 多言語 MoE で言語別に偏るエキスパートの存在は報告されている
ので「起きうるが、設計で強制する必要がある」が妥当な見立て。未検証。
5. で、我々は何をやるべきか
手法は正しい。基盤を身の丈に替える。
K3(2.78T)ではなく、自分たちで実際に学習できるサイズのオープン MoE(Qwen3 系 MoE や DeepSeek 系のオープンウェイト等)に同じ手術をする。8〜16 GPU 級で回る。
そしてこの設計は我々の実測データと異様に相性がいい:
| SHITATE-JP で測れた欠損 | 差分 | エキスパート化との相性 |
|---|---|---|
| 敬語・待遇表現 | −38.1pt | ◎ 規則性が高く合成データを作りやすい |
| 数字・日付 | −23.2pt | ◎ 正解が一意 = RLVR の報酬関数がそのまま書ける |
| 現場語彙 | −19.6pt | ○ 語彙注入 |
| 商習慣 | −7.1pt | △ 元々差が小さい(やる価値が低い) |
我々の2大欠損は、たまたま「最も安く直せる2種類」だった。 敬語は規則ベースで無限に合成でき、数字・日付は答えが一意なので強化学習の報酬にできる。 知識を詰め込む必要がある欠損だったら、この戦略は成立しなかった。
設計案(K3 の作り方を我々のサイズに写す)
① 敬語・待遇表現の専門家モデル ─┐
② 数字・日付の専門家モデル ─┼→ MOPD 型の蒸留 → 「仕立て」済み1モデル
③ 現場語彙の専門家モデル ─┘
↑ ↑
合成データ + RLVR SHITATE-JP が
(SHITATE-JP を報酬に) そのまま合否判定
SHITATE-JP は評価装置であると同時に、報酬関数になる。 ここが我々の非対称な強み。 測る道具を持っている者だけが、その方向に強化学習をかけられる。
未確認事項: K3 の全精度重み配布の有無、ライセンス条項、Qwen3.7 Max のウェイト公開有無。 基盤採用の判断前に必ず確認すること。